ブ・ロ・グ
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代替不可能性
自分の価値とは何なのかを問う日が続く。
そもそも価値という言葉1つで括るには価値という概念は広すぎる。
概念を細分化し、それぞれが何に対し発揮される価値なのかを明らかにしなければならない。



社会において、社会に積極的に参加しようとしない者に価値は認められない。
しかし、社会の構成員それぞれがそのような暗黙知に基いて行動するならば、一体社会とは何者なのだろう。価値を認めることのできる主体とは何者なのだろう。
ひょっとしたら、社会の構成員全てが価値を認められようとしているという僕の規範が誤っているのかもしれない。単独では無価値であるが、価値のある者の価値を認めるという価値を持つ構成員がいるのかもしれない。


価値のある者は極めて少数だ。
社会のほとんどの人間が価値を認めるための価値しか持っていない。今の僕もその1人だ。


代替不可能性を持つ人間はそうそう存在しない。
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